ザ・グレート・展開予測ショー

ピートとエミ


投稿者名:NEWTYPE[改]
投稿日時:(00/10/ 2)

北米、バンデンバーグに近い上空であるが、海岸線は見えない。
厚い雲が、すっぽりと西海岸一帯を覆っていた。
その雲の中を巨大な飛行艇アウムドラが、政樹館長の指揮のもとに、雲の外には出ないように注意深く飛行していた。
「雲の中でも、MSをヒッコリーへ案内する自信はあるのかい?」
ピートは、ツンとした感じのエミの鼻を見つめて言った。
アウムドラのエレベーターのひとつである。ピートとエミがブリッジに上がろうとしていた。
アウムドラの巨大な格納庫でのMSの整備が一段落したからだ。
「そのためにここに来たワケ・・・・」
エミが笑ったようだった。
エレベーターが止まった。
「この雲だから追撃の手からも隠れられるでしょ?」
エミは、弾むようにフロアに出た。
「・・・・・横島と西条大尉だけでも宇宙に戻してあげなくちゃね?」
エミは、エレベーターの壁に寄りかかったままのピートを見やった。
ピートは、溌剌としたエミに感動していた。このまま、この女性と話をしていたい衝動を感じる。
「私は、戦争に協力してるのではなくてよ。でも、戦わなくちゃならない時に戦うというのは別なワケ。」
「アメリカンの血が流れているんだね?」
「フロンティア?そうね、でも私は宇宙に行くチャンスがなかったわ。両親がリベラルすぎたのよ。」
ピートは、エミが自分と同じ立場に立って話を始めてくれたので満足していた。
エレベーターから出た。
「僕を・・・・・軽蔑しているだろう?」
ピートの探るような言葉に、エミは目を見張った。
「・・・・・どういう意味で?」
「僕が意気地なしに見えたろ?君は、ニュータイプというのはもっと好戦的な人間だと思っていた。それで、そんな人間を嫌いながらも、僕に好戦的な部分を期待していた。」
エミは、ああそうか、と頷いたようだった。
「私は・・・・・それほど私は鈍くはないわ。ピエトロ・ド・ブラドーは七年間、地球連邦政府の軍人であった。・・・・・それはなぜか?・・・・・私は知っているわ。ニュータイプであろうがなかろうが、ひとつの戦争を潜り抜けてきた人には、眠りの時間が必要なのよ。」
エミは簡潔に言った。
ピートは何も答えられなかった。
それは、とても正確な答えであったからだ。
ピートが言葉にしきれない部分まで、エミは言葉で表現した。
「でも、また戦争が来たわ。」
エミは、『来た』という表現を使った。
「そうしたら、怯えてばかりはいられないでしょ?」
「・・・・・そうだね。」
ピートは、エレベーターに面した通路の舷側に歩んでいった。
その正面の小さい窓の外には、雲特有のベットリとした白さだけがあった。
「・・・・・でも、人が好戦的であるよりは、今のままの貴方の方が良いと思えるわ。」
窓に額を当てたピートの背中を、エミは見つめた。
エミには、ピートが逡巡をやめて現実と対決しようとしていることが分かっていた。
「・・・・・肉体にも精神にも睡眠は必要だわ。でも、眠りが足りたならば、目を覚ませばいいのよ。そうすれば、昔と同じになるんじゃなくて?」
「僕にできるのだろうか?」
「・・・・・ピート・・・・・あなた・・・・・」
「・・・・・・・・?」
ピートが窓を背にして、体をねじ向けた。
「・・・・・なんだい?」
ピートは、エミが変わってくれないで、と言ってくれるのを待っている自分に気づいた。
しかし、エミは別のことを言った。
「・・・・・あなたは、一年戦争の時は、いまの横島忠夫と同じことをやっていたのでしょう?」
ピートは、エミが自分に戦えと言っているのだと分かった。そんなエミを嫌いになりたかった。主義と感性が少しズレている少女であると分かったからだ。
ピートは、そんな自分の気分を知って顔をそむけたが、その視界の中にエミの顔が入ってきた。
「・・・・・・・?」
ピートが、一瞬、息を止めた。
その隙を狙うように、エミは、ピートの唇に自分の唇を押しつけてきた。
「ちょ、ちょっとエミさ・・・・・!?」
「ピート・・・・・私達、この話の中じゃ恋人同士みたいよ・・・・ふふ・・・・」
「うぐ・・・・・」
観念したピートは、エミの唇の感触を正確に自分の唇で感じた。
そのうえで、ピートは、自分から体を引いた。
「エ、エミさん・・・・・同情ならばいいんだ・・・・・」
そのピートの言葉にエミの挑戦的な言葉が返ってきた。
「・・・・・それほど私は鈍くないと言ったでしょ?女の愛撫で男を奮い立たせられるのならば、女はそれをすることもあるのよ。」
ピートは、その少女らしい言葉に内心苦笑した。
「・・・・・男を試しているのか?」
「そうよ。自分にふさわしい男になって欲しい時には、女は、体だって売ってみせるわ。でも、駄目だと分かればすぐに捨てるわ。同情なんてしている暇ないワケ。」
ピートは、その強がりの言葉の中に自分が求めていたものがあるかもしれないと感じた。
「・・・・・君は、ご両親はいないと言っていたね。」
「戦災孤児よ・・・・同情されたい方よね、私も・・・・・」
「そうか・・・・すまなかった・・・・・エミさん・・・・・」
ピートは、エミの腰を抱いて、キスをした。
「・・・・・君は、見ているだけでいい・・・・・」
「・・・・ふふ・・・・すぐ忘れるかもよ。」
「・・・・構わないさ・・・・」
ピートはそう言いきるエミから離れて、ブリッジに向かうために、通路の角を曲がった。
「・・・・・ジャスティス・・・・・」
ピートは、その言葉を声にこそしなかったが、ぶつかりそうになった男の体を避けながら胸の中で叫んでいた。
「・・・・・・・!?」
西条は、ピートの後から駆け寄ってくるエミに気がついて、
「エミさん。政樹館長が急いでいる。」
「すみません。」
エミは、ピートの脇を擦り抜けて、ブリッジの方に走っていった。
ピートは、西条の肩越しにエミが見えなくなるのを待って、
「西条大尉・・・・・MSを一機、置いていってくれませんか?」
それは、ピートには言いづらい名前だ。
「・・・・・なぜだ?」
「理由が必要なのか?」
「すまん。MK-Uは置いていけん。横島・・・・・横島忠夫に慣れて貰うためだ。」
「ディアスでいい。」
「ICPOで開発したものだ。あれこそカオス教に渡したくないな。」
西条は、ピートの脇を擦り抜けて、エレベーターの方に行こうとした。
ピートは、その西条を見て、自分は気圧されていると感じた。
「信用がないんだな?」
「Gメンの組織ではディアスの運用は無理だということだ。ICPOとカオス教の決着は、宇宙でつけることになるだろう。君も・・・・・」
ピートは、誘われるようにエレベーターに乗った。
「君も、宇宙に来ればいい。」
西条が簡単に言うほど、ピートは宇宙に戻る感情は持ち合わせていない。
「・・・・・行きたくはないな。あの無重力帯の感覚は、怖い・・・・・」
「・・・・・マリンに会うのが怖いのだろう?」
「!?・・・・・・・」
突然の言葉に、ピートは俯いた。
「信じていないのだろ?僕の言葉・・・・・」
「いや・・・・・・」
西条は、ピートの胸中の嗚咽が聞こえるような気がした。
一年戦争の時代、ジャスティスとピートは敵同士であった。マリンは、ジャスティス直属の若いパイロットであった。にもかかわらず、ピートとマリンは、愛を感じ合う瞬間をもったのである。
西条は、ピートから目を離して、エレベーターのドアを凝視した。
「生きている間に生きている人のすることがある。それを行うことが、マリンに対しての手向けだ。」
「しゃべるなっ・・・・・!」
壁に寄りかかっているピートの体が、かすかに沈んだようだった。
その震えるピートの瞳の奥の網膜には、マリンが死んでゆく瞬間の映像が確かに再生をしていた。
勿論、ピートは、そんな光景を見たわけではない。ピート自身の勝手な想像なのだ。
しかし、事実、ピートは、その映像の記憶のお陰で、七年間という時間を無駄に過ごしてきたのである。
ピートは、顔を力いっぱい下げて、革ジャンパーの胸元に埋めるようにした。
「マリンか・・・・・八年も前のことだとは言うな。僕にとっては、ただの初恋の対象というのではない・・・・・僕の命だった・・・・・」
西条は、そう言うピートの軟弱な感性が癇に障らないでもなかった。
西条は、マリンは自分にとってこそ命だったといいたいのだが、それは西条にとっては、口が裂けても言えない言葉なのだ。
西条は、黙ってエレベーターを降りると、ピートを残したままエレベーターのドアを閉じた。

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