ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(61)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/27)

 来たのね、と、加奈江は言った。
 行方を突き止められた時点で、もう何かを予想していたのだろうか。
 来たのね、と、繰り返した加奈江の視線を追って、そちらを向いたと同時―――金色の光が、エミの視野いっぱいに広がった。
 ―――衝撃、そして、轟音―――
 黒い塊をその核に抱いた光の矢は、斜め上空から猛スピードで飛来し、そのまま加奈江の横っ面に突っ込んできた。
 光と共に、目の前を過ぎったのは、黒いコートに身を包んだ少年の姿。
 光の矢の先端に見えた黒い塊は、彼がまとっている黒服。その圧倒的な熱量と圧力を持った光は、凄まじいまでの彼の魔力だった。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」
 飛んで来たピートに、そのまま減速無しでの横からの飛び蹴りを食らい、尾を引く悲鳴を残しながら加奈江が吹き飛ぶ。
「くっ・・・・・・!」
 そばにいたエミも、さすがにその余波を全く受けないでいられるわけがない。
 蹴り飛ばされた加奈江の手が首から離れたと同時に、木の根元に伏せて、風圧をやり過ごす。傷ついた手足に、鼓膜にまでビリビリと響いてくる凄まじい霊圧がかなり辛いが、そんな事を言っている場合でもない。
 目を閉じ、姿勢を低くして呼吸もほとんど止め、霊圧の流れと風が吹き抜けるのをひたすら待つ。
 そして、風が通り過ぎた後に顔を上げたエミは、眼前に広がる光景に目を疑った。
 つい先ほどまで、鬱蒼と茂っていた木々は薙ぎ倒され、下草に覆われていた地面も、一面がきれいに引っ繰り返されたようになって土肌を剥き出しにしている。
 凄まじい風圧とエネルギーが吹き抜けた結果か、地面には、長距離にわたって横幅の広い、浅いクレーターが出来ており、夜を迎えて涼しくなっていた筈の空気までもが僅かに熱くなっているように感じられた。
 まだ、大気に魔力が充満しているのか、そこかしこの中空で電気のショートのような小さな爆発が起きており、どこからともなく湧き起こっている白煙が、その爆発の光によって内側から青く照らされ、不気味に光って見える。
 そして、その気味の悪い青い光に照らされながら、クレーターの真ん中に佇んでいるのは―――
「・・・・・・」
 ピート、と呼んだつもりだった。
 しかし、声が出なかった。

 爆発の風に煽られて、蝙蝠の翼のようにばさりと広がった黒いコートと、その黒に、映えて輝く長い金髪。
 蝋を固めたように白い、血の気の無い端正な顔。
 どこまでも無表情なようでいながら、加奈江が吹き飛んで行った方向を見つめる青い瞳の中では、ちろちろと青い鬼火のような冷たい光が揺れている。

 ぞくり、と、ほとんど本能的な恐怖に近い戦慄が背筋を走る反面、表情を消したその端麗な横顔は、ひどく魅惑的で―――恐ろしかった。
 エミの―――いや、恐らく、彼を知っている他の誰もが知らないであろう、今の彼の、この様子は―――
「ピ―――」
 乾いた唇が言葉を紡ぐ。
「ピート・・・・・・?」
 紡がれた言葉は―――その名は、半疑問形だった。
 名前を呼ぶと言うよりは、相手に確認するような。
 その名を呟いたエミの瞳は、白煙と青白い炎を背景に立つピートの方を見ながらも、確かな焦点を求めて不安げに揺れていた。

 ・・・・・・アレハ、「ぴーと」・・・・・・?

 ピートの方を見つめ、ピートの姿を捉え、記憶の中の彼の姿と情報を合致させるのだが、その表情だけがどうしても一致しない。
 しかし、呼びかけが聞こえたのだろうか。
 静かに戸惑うエミの方に顔を向けた瞬間、ピートの顔は、ほんの一瞬で「エミの知っているピート」へと戻っていた。
「エミさん!!」
 パッと目を見開き、大声で呼びかけてきながら、クレーターの縁にある高く積もった土を乗り越えてくる彼の顔には、緊張している気配こそあれ、「いつも」の穏やかな彼の笑顔の雰囲気が残っている。
 見た目の若さ相応の、どことなくせっかちな走りでエミのいる木陰へと緩やかな傾斜を駆け下りて来たピートは、エミが、その手足から血を流しているのを見ると、サッと表情を変えた。
「ああっ!怪我してるんですか!?」
「あ、ううん。大した事ないワケ・・・・・・血は、もう止まってるし・・・・・・」
 コロコロとよく変わる表情に、自分の知っているピートだ、と安心する反面、先ほど垣間見た冴え冴えとした表情がいまだに信じられなくて、少し口篭もったような、普段のエミらしくないもごもごとした話し声になる。
 それを、疲労や痛みをやせ我慢している故と取られたのか―――ピートは、少し怒ったような顔になると、自分のコートを脱ぎ、エミに着せ掛けながら言ってきた。
「無理はダメですよ!破傷風とか、怖いんですから!」
「え?あ・・・・・・そ、そうね・・・・・・」
 やせ我慢しているわけではないのだが、と思いつつも、コートを着せ掛けてくれた優しさが彼らしくて―――そして何より嬉しくて、素直に頷く。
 そのエミに、穏やかな笑顔を向け―――そして、手足の傷の様子をザッと見ると、ピートは眉を寄せて顔を伏せた。
「ごめんなさい・・・・・・。怪我したの、僕のせい、ですよね・・・・・・」
 目を伏せて、苦しげにそう言うと、カリ、と、親指の爪を噛む。
 これは、困った時や悩んでいる時のピートの癖だ。それを知っているエミは、慌ててピートの肩を叩くと、平気そうにウインクをして見せた。
「良いのよ。あたしが勝手にやったんだから、気にしなくて良いワケ!」
「・・・・・・すみません」
 自分を気遣ってくれるエミに、また穏やかな笑顔を向ける。
 この穏やかな笑顔が、エミは好きだった。

 自分の迫り方にも問題があるのは多少自覚しているが―――いつもは迫っても、焦った顔や困った顔しか見せてくれないピートだが、ごくたまに、こんなリラックスした表情を見せてくれる事がある。
 街中で、フッと親しい人に呼び止められて振り向いた時のような、警戒心の無い穏やかな笑顔。
 しかし、今はそうやって穏やかな笑顔を交わしていられるような状況ではなく―――

「・・・・・・決着は、ちゃんと付けてきますから」
 きっと目元を引き締めると、ピートは少しだけ固い声でそう言った。
 静かに立ち上がると、そのままふわりと浮き上がる。
 そして、こちらの方を振り向いて何やら宙に手を伸べたかと思うと、上空を見上げて強い声で言った。
「おいで!お前達は、エミさんを守って!!」
「え!?ピ・・・・・・」
 一体、何に話しかけたのかと、上空のピートを見上げたエミの視界が、一瞬、真っ黒な闇に覆われる。
 耳に響く羽音と、けたたましい鳴き声。
 エミは、あっという間に、数十羽はいるであろうと思われるカラスの群れに囲まれていた。加奈江の使い魔の事を思い出して、一瞬、無意識に身構えてしまうが、このカラス達からはこちらに対する敵意は感じられない。
 ―――これは、ピートの―――

「行くよ!!」
 勇ましい声がしたのを聞きつけて顔を上げると、黒い三つ揃え姿のピートが、カラスや蝙蝠達を率いて、加奈江の飛んで行った方角に飛び去って行くのが見えた。
 満月を背にして飛ぶ、その姿は美しい幻のようであり、目の前で繰り広げられている事だと言うのに奇妙に現実感が無く―――まるで、遠い昔の御伽話の一場面を見ているようで―――
「・・・・・・」
 無言のままに身震いすると、エミは、先ほどまでここにいたピートの存在を確かめるように、着せ掛けられたコートの前をかき合わせた。
 わずかに感じる温もりが、ひどく嬉しい。
 襟を引き上げ、頬までコートに埋もれるとエミは、ピートが飛び去った方角に向け、祈るように頭を垂れた。

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