ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(60)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/27)

 負けていないと、思っていた。
 精神エネルギーも、体術のキレも、実戦経験も。
 そりゃあ、スタミナではやはり負けるかも知れないが―――それでも、負けていないと思っていた。
 ―――そう、思いたかったのかも知れない。

「・・・・・・やっぱり、違うもんなのかよ・・・・・・」
 崖の上で、横島が同じような言葉を呟いていたのと、ほぼ同時刻。
 その崖の下に広がる森の中で雪之丞は、空を仰ぎながらそう呟いていた。
 先ほど―――つい数分前に、上空を横切って行った強烈な魔力。
「・・・・・・やっぱり、違うもんなのかよ・・・・・・」
 その魔力の主の顔を思い返しながら、雪之丞は木陰で静かにその言葉を繰り返していた。
 魔操術はもう解いてしまっている。すでに、本部の西条から撤収を告げる連絡が入っていた。そして実際、霊力の方もそろそろ限界だった。ずっと全開で魔操術をかけていたのだ。相手が一人だけとは言え、距離的に随分走り回らせられたので、さすがに息も上がっている。
 上気し、汗ばんだ素肌を撫でていく冷えた夜風が肌に心地よかった。そろそろ夏休みを迎える折りと言う事で、昼間はかなり暑いのだが、やはり真夜中になると涼しい。月明かりに満たされた青白い空気がその涼しさをさらに助長しているように感じられて、雪之丞は小さく身震いすると、ずるずるとその場に座り込み、自分の上に影を作っている木に背を預けて、息をついた。
 ため息とも深呼吸とも取れる、ゆっくりとした長い呼気。
 夜風にさらされて冷えた汗を指先でザッと拭いながら前髪をかき上げると、雪之丞は、木の枝の合間から白い姿を晒している満月を見やった。

 夜の闇を凝縮したような黒い服。
 青白い光に映える金髪。
 ただ真っ直ぐに前を見据えて飛んで行った彼の冷たい横顔は、寒々とした月の光に映える鋭利な刃の切っ先を思わせた。

 夜が似合う―――
 ―――いや、むしろ、闇の中を音も無く舞うために、夜に相応しいようにしつらえられたような姿。
 夜が―――闇が似合っているのではない。
 彼が―――ピート自身が闇をまとわせ、夜を引き連れて来るのだと言われても何か納得してしまうような姿だった。

 一度、仕事帰りに下校途中の横島達とたまたま居合わせ、ピートも巻き込んで商店街のゲームセンターに入った事がある。
 今日は仕事の手伝いは無いらしいのに、掃除なんかがありますから、と、五時になるとすぐに帰って行ったピートの背中に向けて、「吸血鬼は夕方からが本番だろーが」と、野次を飛ばすようにからかった事が、やけに懐かしく感じられた。

 ―――そうだよなあ。お前、人間じゃなかったんだよなあ。

 あんな横顔を見たからだろうか。
 GS試験で初めて顔を合わせたその時から、ピートが人間でないと言う事は知っていた筈なのに、今更と言う感じで苦笑しながらも、確認するように雪之丞は口の中でそう呟いた。

 お前は魔物。オレ人間。
 やっぱり、お前には勝てないのか―――

 チリリ、と、胸の奥が焼ける。
 令子達がそうであったように、雪之丞も先ほどまで、飛び去って行ったピートが発する魔力に圧倒されて、しばらく呆然としていた。
 チリリ、と、胸の奥が焼ける。
 ―――この熱い痛みは、嫉妬だ。
 どう足掻いても、「違う者」は超えられない。
 そんな事を思い知らされた、嫉妬の痛みだ。
 いっそ、ピートが他の魔族や神族のように、見るからに人間ではない正体を持っていれば、嫉妬など感じなかったかも知れない。
 小竜姫のように正体が大きなドラゴンだとか、パピリオのように蝶の化身だとか、ヒャクメのように、大体において人間の姿をしているように見えてもどこか違っているだとか。
 ―――そう言った、見るからに何か違うものがあれば、ピートは「違う者」なのだからと納得して、あの強大な魔力に嫉妬など覚えなかったかも知れない。
 しかし、ピートは傍目には人間にしか見えない。
 ニンニクこそ食べられないが、ハーフなので日光の下も平気で歩けるし、水や鏡にも姿が映る。
 人間と―――自分達と、変わらないのだ。
 変わらないからこそ、嫉妬を感じる。
 同じ姿をし、同じものを見て、同じ戦いを幾度も乗り越えているのに―――やはり彼は、違う力を持っている。それは、どうしてだ、と。
「せめて、漫画みてえに正体が蝙蝠とかならなあ・・・・・・」
 人間の姿をしていない者に負けるのは構わないが、人間の姿をしている者に圧倒的に負けてしまうのは何か悔しい。
 思わず、ボソリとそう呟いて考えてから、それは「人間」である自分のエゴだと気づき、苦笑する。
 苦笑して、もう一度前髪をかき上げた時、ドーン、と言う腹に響く音が聞こえて、雪之丞はハッと顔を上げた。
 疲労し、だるさを訴える足に力を入れ、もたれていた木を支えにして立ち上がると、ピートが飛んで行った方角の空が下の方から赤く焼けて見える。
 夕焼けのように空の一角を赤く染め上げ、丸く膨れ上がったその光は、やがて、黄色、白―――と徐々に変化し、最終的には青白い炎へと変わっていった。

「―――始まったか」
 夜風に乗って流れてくる、二種類の魔力の気配。
 緩やかに大地を鳴動させる、微震のような揺れと地鳴り。
 雪之丞は軽く飛び上がって手近な枝に手をかけると、腕だけで体を持ち上げて、器用に木の枝の上に登ると、光が見える方角を見渡した。
 地面から雷が湧き起こったような青白い光に包まれた木々と、それを覆い隠すように、もうもうと立ち上る白い煙。
 森の、決して狭くはない一角をすっかり覆い尽くす魔力の炎を目にし、雪之丞は改めて戦慄を感じると同時に―――やはり、小さな嫉妬の炎を覚えて―――
 そんな自分に苦笑すると、雪之丞はまた髪をかき上げて、冷えた額の汗を拭った。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa