ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(59)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/25)

 ―――ねえ、美神さん。東都大学って難しいんですか?

 ・・・・・・あまりに緊張が高まり過ぎた、その反動だろうか。
 ピートが飛び去った後、感じていた威圧感に思わず泣いてしまった事で、緊張のピークを過ぎ、美智恵達に続いてやって来た救護車に収容され、人心地ついたキヌは、ぼんやりと森の方を見ながら、ある事を思い出していた。

『ねえ、美神さん。東都大学って難しいんですか?』
 梅雨の前。
 新年度の一学期も中盤にさしかかり、都内の各学校で、学期の中間テストや簡単な進路相談が行われる―――そんな時期に、事務所を訪れた彼は、そんな質問をして、居合わせた西条や美智恵までもをズッコケさせた。
 東都大学と言えば、令子の父親にして美智恵の夫でもある学者、公彦の勤め先にして、海外からも一流と言う評価を受けている優秀な大学であり、受験のレベルの高さも知名度も国内最高である。
 しかし、学校の無い島で育った上に、オカルトGメンになりたいと言う希望進路を強く持っていて大学受験などはなから念頭に無かった彼―――ピートには、その名前はピンとこなかったらしい。
 ズッコケた西条と、思わずお茶を吹き出してしまった令子と美智恵を見ても、ピートは「何か悪い事聞きましたか?」と言う風に小首を傾げ、苦笑している横島と自分の方に目をやって、きょとんとした顔を見せている。
 ピートが突然そんな質問をした理由には、その日、学校で行われた進路相談が関連していた。
 横島達の通う高校は私立だが、特別、進学校だと言うわけではない。それに、まだ二年生の始めなのだから、進路相談と言っても普通なら本人の希望進路と成績について何かあればちょっと言う程度の簡単なもの―――の筈だったのだが。
 順番が回ってきて、教室に入った途端―――ピートは担任と、何故か教室に来ていた校長に、拝み倒されたと言う。
 頼むから、東都大学を受けてくれ。今の成績なら絶対大丈夫だから、と。
 ・・・・・・ピートは、成績優秀である。
 英語や世界史は勿論の事、国語や日本史も抜群で、転入するなり、最初のテストでいきなり学年トップに踊り出た。唯一の欠点と言える音楽も、実技が悪いだけであって、楽譜の読解や音楽史の成績は良いし、苦手なものでも投げ出さない授業態度の良さを評価されて、結果的になかなか良好な成績を収めている。
 総合成績は抜群、内申書も問題無し、おまけに容姿端麗。
 目立つ生徒は、私立学校にとっては大きな看板になる。ピートは、良い意味で目立つ大きな「看板」だった。
 早い話が、学校の宣伝のために一流大学を受けてくれと言うのである。もとから進学校ではない学校でもあってもやはり、一流大の合格者が出てくれれば、受験希望者の数が変わるのだと言う。
 ピート本人にとってはある意味ひどく失礼な話だが、教育者であると同時に、経営者としても頑張らなければならない私立の校長として、そういう事を薦めてくる気持ちが全くわからないわけではない。
 そして、そもそも東都大学のレベルそのものがどんなものかよくわからなかったピートは前述の、普通の人にとっては―――少なくとも、一般的な日本人にとってはあまりにも世間知らずとしか言い様の無い質問を炸裂させたのである。
 『あんた、妙なところで世間知らずねー』と言って笑う令子と一緒に笑っていた、平穏な日常のひとコマ。
 それが確か、梅雨の始め頃の事だったのだから―――あれからまだ、一ヶ月ほどしか経っていない。
 ―――たった、一ヶ月なのに。
 その平穏がいやに遠く感じられて―――キヌは、ぼんやりと半開きにしていた目をはっきり開くと、目の前で展開されている慌ただしい光景に焦点を合わせた。
 救護車の、担架を入れるために使う後ろのドアを上げた所の縁に、毛布を羽織って並んで座っているキヌとタイガーの目の前では、今も、防弾ジャケットやヘルメットを着込んだ捜査員達が動き回っていた。

「県境にいる各県警に、結界出力は全開のまま維持。先ほど結界に飛び込んだ魔力―――ピートは、こちらの味方だから騒がないようにと連絡してくれ」
「加奈江宅を捜索していた部隊から連絡です。全ての証拠品の押収を完了。次の指示を願う、と―――」
 ピートの無事を確認しても、犯人の加奈江はまだ逃走中。
 事件はまだ終わっていないと言う事で、現場は緊張しており、西条と美智恵が中心になっててきぱきと指示や連絡が交わされている。
 ネクロマンサーの笛の霊波の維持に全力を傾けていたキヌとタイガーは、さすがに限界が来ていたので救護車に収容されて休ませられているが、令子達は今も結界の維持に回ったり、連絡をしたりと走り回っていた。
 その慌ただしい様子と緊張感は、日常の生活や普段の仕事では感じないもので―――キヌは、ピートがいた平穏な記憶に思いを馳せた。
「―――おキヌちゃん。おキヌちゃん?」
「・・・・・・え?あ、は、ハイ!」
 ぼんやりと、以前の事を考えるのに浸っていたからだろうか。
 名前を呼ばれているのに気がついて顔を上げると、何か飲み物の入ったコップを持った横島の姿が近くにあった。
「やっぱ、疲れたよなー。タイガーも、大丈夫か?」
「ワッシは丈夫ですケエ。休めばすぐ治りますケンノー」
 おキヌの隣に座って休んでいたタイガーが、横島にコップを渡されながら笑う。中身は、何かのスポーツドリンクらしかった。
 それを一口含んで、乾いていた喉を湿したキヌは、隣に座ってきた横島の方を見ると尋ねた。
「・・・・・・あの、笛、もう吹かなくて良いんでしょうか?加奈江さんの使い魔が・・・・・・」
「うん。隊長が、笛はもう良いってさ。ピートも使い魔を使うかも知れないから、って。加奈江の事はピートに任せるから、俺も休めって言われたよ」
「ああ。だからですか・・・・・・」
 もう休んで良いから、と美智恵に言われ、その言葉に甘えて休みつつも、心配になって気が気でなかった不安が打ち消され、キヌは、まだ片手に持っていたネクロマンサーの笛をようやく袂に仕舞った。すると、今度はその横島のキヌへの返事を聞いていたタイガーが、少し驚いた顔になった。
「え・・・・・・。ピートさんも、使い魔を使うんですかノー?」
「俺も見た事ないけど、美智恵さんに言ってたらしい。―――使うかも知れないけど、驚かないでくれ、って」

 ―――驚かないでくれ。

 ピートが美智恵に言ったらしいその言葉を反芻して、横島は何故か、ふと笑えてしまった。そんな事を言っておきながら、彼は先ほど、自分達全員を驚かせた。
 自分達は勿論―――西条や、令子達までもを黙らせた威圧感の源が、ピートであったという事が、横島にはまだ信じられなかった。
「・・・・・・さっきのピートさん・・・・・・凄かったですノー」
 美智恵から聞いた事を言ったきり、黙ってしまった横島の沈黙から察したのか―――タイガーが、ポツリとそんな事を呟く。
「・・・・・・そうだな」
 それに、ポツリと頷いて、横島はふと自分の手を見た。

 ―――ピートには、負けていないと思っていた。
 顔や頭の問題ではなく―――同じ、GSとして。
 実戦経験や、純粋な格闘の能力ではまだ負けるだろうが―――霊力などの潜在的なものでは、負けないと思っていた。
 なのに、先ほどのピートは―――

「・・・・・・やっぱり、違うもんなのかなあ・・・・・・」

 横島が、自分の手を見ながらぼそっと呟いたその言葉を。
 ―――奇しくも、彼と同じ頃に、違う場所で呟いているもう一人の姿があった。

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