ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(58)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/24)

 人の、心や体が一度に感じられるものには、限度があるのだろう。
 悲しみが過ぎると泣けなくなるように、あまりに酷い傷を負うと痛覚を感じなくなってしまうように、人が感じられるものには限度がある。
 限度を越えると、人は感覚を遮断し、自分の外側からやってくる「強いもの」をやり過ごすために無感覚を装う。
 ―――パトカーの後部座席から、文字通り飛び出して来たピートを目にした時、周囲にいた者は全てそんな無感覚を体験した。
 受け止めきれなかったのだ。
 十七かそこらの少年の姿をした「それ」から放たれていた強烈な魔力と―――威圧感を。
 全身の皮膚が石になり、心臓までもがその鼓動を停めてしまったのではないかと思えるほどの強烈な―――何も感じなかったが故に、かえって強烈な「何か」として感じられた凄まじい無感覚の瞬間。
 その一瞬が過ぎ去った後、次に感じたのは、近寄るだけで吸い込まれ、かき消されてしまいそうなほど強い力を持った何かがすぐそばを通り過ぎて行く感触だった。
 長く伸ばして首の後ろで結った金髪。
 黒でまとめた三つ揃えとコート。
 通りぬけざまに見た白い横顔は、温和、誠実、穏やかと、普段の彼の表情から感じていた、そう言ったものだけがごっそりと抜け落ちてしまったような無表情だった。ともすると気弱に見えてしまうほど優しげだったいつもの笑みの名残など、欠片も無い。
 かと言って、怒気を表しているでもない―――あくまで無表情だった、その横顔。
 無表情のまま、見えない道を走っていくように夜空へと昇って行ったピートが遠くの空へと飛び去り、見えなくなってしまってから、ようやく我に返った一同の耳に、今度は少女の嗚咽が届いた。
「・・・・・・っ、ふぇっ・・・・・・うっ・・・・・・」
「あ。おキヌちゃん〜、大丈夫〜!?」
 声のする方を見てみると、崖の際に立って笛を吹き続けていたキヌが、青ざめた顔でぽろぽろと涙を流している。
 涙を見てびっくりした冥子が慌てて駆け寄って手を握ると、キヌは泣きながらかぶりを振って、糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。
「あ〜、あ〜、泣かないで〜。おキヌちゃん〜、どうしたの〜?」
「大丈夫・・・・・・。おキヌちゃんは感受性が強いから、ピート君が発していた霊的威圧感に耐えられなかったのよ。もう大丈夫だから、ね?」
 ピートの発見現場に立ち会って、令子達より事情を知っているせいだろう。美智恵や冥子達は、先ほどのピートの異様な様子にもそれほど驚いてはいない。―――もっとも、冥子はもともと鈍いから取り乱していないだけかも知れないが・・・。
 とにもかくにも、落ち着いた様子でいる二人に慰められて目元を拭きながら顔を上げると、それでも涙の混じった震える声で、キヌは美智恵に尋ねた。
「あ、あの・・・・・・さっきの、ピートさん・・・・・・ですよね!?ピートさん、なんですよね!?」
 そう尋ねるキヌの声は震えたままで、笛を握り締めた手もカタカタと震えている。
 そんなキヌをなだめるように、優しく頬を撫でてやると、美智恵は静かに頷いた。
「そうよ。ピート君は無事。・・・・・・。私達は結界だけを維持し続けて、加奈江の事は彼に任せておけば良いから」
「って、ちょっと待ってママ!!いきなり戦わせて大丈夫なの!?」
 美智恵の落ち着いた様子を見て、ペースが戻って来たのか、令子が大声で言ってくる。
「そうっスよ!さっきのピート・・・・・・何か、様子が変だったじゃないっスか!行かせて大丈夫なんスか!?」
「―――これは、彼が言ったのよ。私達では止められないわ」
 同じように言ってきた横島に美智恵は、ピートが行った方角を見て静かに言った。
 ・・・・・・精霊石の鎖を壊し、封じられていた魔力が解放されたピートは、病院に行かせようとした美智恵達を遮って、言ったのだ。

 ―――加奈江は、自分と同じか、それに近くなっている。だから、自分が行かなければ加奈江は倒せない。僕が自分で決着を付けますから―――と。

「あのボウズも焦っていたみたいで、説明が少し混乱していたアル。だから、私らも細かい事はわからないアルが―――とにかく、ピート以外に加奈江を倒す事は出来ないらしいアル」
 美智恵達は知らない事であるが、加奈江が魔物化したのは、ピートの血を体内に取り入れたからである。そのため、加奈江の魔力を消し、元の人間に戻すためには、ピート本人が加奈江の血を吸う事によって、加奈江の魔力の源となっているピート自身の血を取り返す必要があるのだ。
「・・・・・・私も本当に、ピート君と加奈江に何があったのか、まだわからないんだけど―――今は、彼に任せるしかないわ」
 唐巣の方をちらちらと伺いながら、厄珍と美智恵が話す。
 先ほど、パトカーが到着した時に少し身じろぎしたような様子を見せたものの、唐巣はやはり黙々と、結界を支えているばかりだった。
「―――とにかく、もう、こうなったら私達がやるべき事は結界の維持だけよ。西条君。雪之丞君達には撤収するように連絡をして」
「は、はい!」
 西条も、先ほどのピートの雰囲気に圧倒されていたのだろう。しばし呆然としていたようだが、てきぱきとした口調で指示を出す美智恵に頷くと、通信機を積んだパトカーに向かっていく。
 そして、まだ涙ぐんでいたキヌは、令子に駆け寄ると、問い詰めるようにして尋ねた。
「美神さん!!―――これで、終わるんですよね!?これで、みんな、元に―――!!」
 答えを求めて尋ねると言うよりは、そうなる事を願って言っているようなキヌの口調に、令子は彼女の頭を撫でると言った。
「―――わからない―――けど、今はもう―――任せるしかないわ。ピートに―――」
 状況が、あまりにはっきりしていないからだろうか。
 さすがの令子も、この時ばかりはいつものように自信を持って言い切る事が出来ずに、ただピートが飛び去って行った方角を見つめる。
 まだ、ピートは加奈江に追いついていないのだろうか。
 もうすぐ自分達の上に訪れるであろう動乱に備えるかのように、森はただ、どっしりとした沈黙を抱えていた。

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