ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(56)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/22)

 どぼ。
 ―――人は、意外に固い蹴り応えだな、と、今現在、「元人間」になってしまっている女は冷静な意識でそう感じた。落ち着いて、そんな事を感じられる余裕のような冷静さを自分の中に感じる反面で、その意識の半分は、何かが脳天をスウッと突き抜けていくような高揚感に満たされている。
 その証拠に、笑いが止まらなくてどうしようもない。
 ほとんど開きっぱなしにしている赤い唇が、先ほどからずっと大きな笑い声を紡いでいる。自分でもうるさいぐらいなのだが、止まらない。止められない。
「あははは・・・・・・はははは・・・・・・あぁはははは、ははは―――っ!!」
「っ、げふ」
 自分に蹴り飛ばされ、木に叩きつけられた女を追って、笑いながら腹に肘打ちを食らわす。まともに食らって腹を押さえ、ずり落ちるように地面に倒れ込んだ女―――エミを見下ろして、加奈江は笑った。
「ごめんなさいねえ。手加減はしたんだけど・・・・・・」
「こ、この・・・・・・性悪・・・・・・っ!!」
 ニコニコと笑いながら、嫌味たっぷりに言ってくる加奈江を睨み付けて、エミはどうにか立ち上がった。木の幹を押して立ち上がりながら、肘打ちを食らった腹をもう片方の手で探る。―――大丈夫。折れてはいない。咄嗟に取った受け身が上手くいったようだ。
 薬の副作用と反動によるショック症状もどうにかやり過ごせたようで、痛みも出血も一応は収まったが、じくじくと続く鈍い痛みと熱はまだ残っていた。そのせいか、上手く霊気を集中できない。
 どうにか防御程度には集中させようと霊気を練るエミを見つめて加奈江は、大げさに眉を顰めると、勝ち誇ったように笑って一歩近づいてきた。
「・・・・・・そんなにボロボロになって、可哀想にねえ。・・・・・・本当に、どうして貴方はそんなになってまで私の邪魔をするの?どうして、『永遠』を拒むの?」
 荒い小石が混じった土を、ジャリ、と踏みしめながら、加奈江はゆっくりと近づいてくる。
「貴方は、ピエトロ君とずっと一緒にいたくないの?・・・・・・貴方みたいな人が、と思うと憎たらしいけれど、貴方も、一応は彼が好きなんでしょう?」
「・・・・・・そうよ」
 エミの方も、こんな女と会話をしたくはないのだが、とりあえず、話していれば時間稼ぎにはなるので、霊気を練りつつ答えを返す。
 そして、ふと―――エミは、声を低めた。
「・・・・・・年下なんかに本気になるとは思ってなかったんだけどねえ。本当は、あんなに年上だったなんて・・・・・・本気になる、ワケよね・・・・・・」
 ・・・・・・何故、加奈江を相手にそんな事を言ったのか、自分でもわからなかった。
 しかし、本人でさえわからないままに、ぽつりと、呟くように言ったその言葉に含められた感情を察したのか、加奈江の顔から、嘲りや、からかうような色が消えた。
 一瞬、両者の合間に流れる沈黙。
 先にそれを破ったのは加奈江だった。
「・・・・・・じゃあ、何故『永遠』を拒むの?貴方が―――疑わしいけど、本気なんだとしたら―――貴方が彼に優しくすればする程、ピエトロ君は、貴方達を失った時に大きな傷を負うのよ。それを、ひどいと思わないの?いいえ、貴方達が死ななくてもそうよ。―――年を取ったら、人は変わるわ。貴方は今、恋愛の対象としてピエトロ君を見ている。でも、彼は少年の姿のままに貴方だけが年を取っていって、五十年ぐらい経った時の事を考えて御覧なさいな。貴方は、彼を本当に恋人として見れる?ピエトロ君を好きになっている、今のままと同じ感情で!」
「―――!!」
 あまり考えた事の無かった―――もしかすると、意識的に避けていたのかも知れない事を正面から聞かれて一瞬戸惑う。
 そのエミに詰め寄って、加奈江は声を少し潜めるとさらに言った。
「・・・・・・唐巣神父の事を考えて御覧なさい。ピエトロ君と知り合った時、あの人は二十代だったそうね。きっと、ピエトロ君の兄か、少し年の離れた友達みたいな感じだった筈よ。でも、今を考えてみたらどう?神父は、昔と変わらず優しいでしょうけれど、その優しさは変化しているわ。・・・・・・友達や兄弟の優しさから、親子のようなものに変わっている―――そう、感じない?そしてそれは、「変われない」ピエトロ君には残酷な事じゃないのかしら?」
「・・・・・・」
「・・・・・・時間が流れを止めない河だとしたら、ピエトロ君は、その流れの中にぽつんと立っている岩の柱よ。彼を置き去りにしていく他の存在は、河の流れの中をころころと転がっていく小石だわ。流れに乗って転がる小石は、岩柱に―――ピエトロ君にぶつかって彼を傷つけるのよ。そうして傷だらけになっていく岩はいつか―――砕けるわ」
「―――違う!!」
 加奈江の流暢な語りに、思わず引き込まれそうになりながらも、エミは必死でかぶりを振った。
「河の中の岩は、小石にぶつかって、流れに晒されて―――磨かれていくのよ!時間の流れを止めてしまおうってあんたは言うけれど、流れを堰き止められた水は淀んで腐るわ。そんな『永遠』の中に、あの子を置いておけるもんか!!」
「それは、「変わっていける」側から見た言い分よ。彼が負う傷の重さを考えないの!?」
 自分の言葉を真っ向から否定されて、一時は落ち着いていた加奈江が、再び殺気立つ。
 それに対して構えながら、エミはさらに言った。
「違う―――傷だけじゃない!!移り変わる中にいるからこそ、傷よりも良いものを―――たとえ、傷を負っても必要だと欲するものを、手に入れられるのよ!!そうでなきゃ、これまでの七百年を生きてこれたワケがない!!あんなに優しいままで、いられる筈ないワケ!!そうでもないと、あの子の―――ピートの七百年は―――」
 ―――重過ぎる。
 重過ぎるのだと声無く叫び、エミは、ギシギシと軋む体に渾身の力を込めて跳躍した。
 こちらを動けないと思って、侮っていたのだろう。加奈江の顔が、驚愕に歪む。
 その加奈江の顔―――頭を狙い、最後の力を振り絞った一撃を放とうとした、エミのその一撃は―――

 ピッ、と、加奈江の頬から僅かな血が跳ぶ。
「あ・・・・・・」
 白い横顔に、長さ数センチの浅い切り傷をこしらえただけで、エミの腕は加奈江に絡め取られていた。
「―――遅いわ」
 ボソッと、小さな声が聞こえると同時、紙屑を放るように投げ飛ばされる。
 そして、再び木に叩きつけられたエミの首を掴むと、にっこりと笑った。
「ピエトロ君の『永遠』は、私にこんな力も与えてくれた。素晴らしいでしょう?」
「がっ・・・・・・、あ・・・・・・」
「今夜は貴方が一番しつこかったわね。貴方を殺して私は逃げるわ。―――そして、この素晴らしい『永遠』を皆にあげるの。―――そうね。献血なんかしたら、すぐにでも上手くいくわ」
 加奈江の血に含まれたピートの血液が、『永遠』をもたらす物なのだとすれば、献血などされたら輸血用血液を通してすぐに広がってしまう。一般の検査では、吸血鬼の血も人間の血も見分けがつかないのだ。
 そんな事をさせるものか、と、怒鳴ってやりたかったが、喉を締め上げられて息をするのも苦しい状態では、無理な事だった。
「私達、結局平行線だったわね。・・・・・・少し残念な気もするけど、さよなら。エミさん」
「・・・・・・っ」
 ギシッ、と、自分の喉の骨が軋む音を聞き、反射的に目を閉じる。
 そうして、このまま息が詰まるかと思った時―――
「―――っ!!」
(・・・・・・?)
 不意に、加奈江が驚いたように息を詰まらせ、それと同時に首を掴んでいた加奈江の指が緩んだのを感じる。
 目を開いてみると、加奈江は、令子達がいる崖の方角を見つめて目を見開いていた。
「・・・・・・来た、のね。・・・・・・そう、来たのね・・・・・・」
「え・・・・・・えっ!?」
 すぐには意味のわからない事を、呆然と呟いた加奈江の言葉を聞き返そうとしたその時。
 加奈江が見ている方角から飛んできた凄まじい光に視界を覆われた。

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