ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(55)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/22)

 ・・・・・・ズズ・・・・・・ゴゴゴゴ・・・・・・

 眼前に広がる深い森の奥。
 月明かりにさらされて青黒くみえる緑と、木の間の闇とに彩られていただけの暗い空間に、マグネシウムを燃やしたようなパッと明るい閃光が散ったかと思うと、それに続いてくぐもった呻き声に似た地鳴りと緩やかな微震がやってくる。
 緩やかだが、思いのほか長く続くその地響きに足元を取られないように踏ん張りながら、タマモは顔を上げて、断続的に大きな光を放ちながら遠くへと移動して行く光の光源を目で追った。
「―――また、動いた!!これで何度目!?」
「そんなの、もうわからんでござるよ!」
 木々の向こうから射し込んで来る白い光に照らされて、もともと色白なタマモの横顔は、真っ白なのっぺらぼうのように見える。
 それは、その隣にいるシロも同様で、シロは、半ば自棄になっているような大声でタマモに答えると、光の方角から流れてくる大風に煽られて、顔に貼り付く長い髪をバサッと後ろに払った。
 あの光は、エミと加奈江の霊気と魔力がぶつかっている光―――つまりは、二人が直接交戦している証明だ。援護するためにも、早くエミに追いつかなければならない。そう―――分かってはいるのだが。
「ったくぅ・・・・・・しつこいのよっ!!」
 光の方向に跳躍しながら両手を握り締めると、タマモは、腰だめに構えたその拳に渾身の霊力を込めた。隣では、同じように跳んだシロが、霊波刀を構えている。
 そして、二人はそのまま前方の―――自分達の進行をずっと妨げている黒い塊に霊力を叩き込んだ。
 ケエエエエ、と、けたたましい鳴き声を上げて、その塊―――カラスの群れが四散するが、自分達の邪魔をしようという意思は削がれていないようで、バサバサと耳障りな羽音を立てて広がると、今度は散り散りになって四方から襲ってくる。
 ―――加奈江はやはり、頭が良かった。
 魔物と化した自分の最大の敵は、やはり、自分と同じく人ならぬ者だと判断したのか、ネクロマンサーの笛でその使い魔の大半を封じられるなり、残った勢力をほぼ全て、シロとタマモの妨害に回してきたのだ。
(こいつら、弱いけどしつこい・・・・・・。こんなんじゃ、いつまで経っても追いつけないでござるよ!!)
 タマモの手前、弱気な事など考えたくもないが、襲い来る使い魔を払い落としながら、シロは内心で舌打ちした。
(まずいわね・・・。もう、かなり長期戦になってる・・・・・・)
 それはタマモも同じ事で、タマモは手近にいたカラスを狐火で叩き落しながら上空を見上げると、その性格上、シロよりはまだ冷静な頭で思考を組み立てた。
 マリアと魔鈴の二人は、上空で加奈江の位置の補足と西条達への通信、加奈江が高空に逃げないようにとの牽制に徹しているようなので大丈夫だろうし、自分達二人もまだそれなりに余裕はある。問題は、今加奈江の一番近くにいるであろうエミと、雪之丞の事だった。
(雪之丞の魔操術だって、そういつまでも続けられやしない・・・。何より、エミさんの方は・・・・・・!)
 日常に使われる胃薬や風邪薬でさえ、量を過ぎればかえって体を壊す。
 まして、元から過剰と分かってやっているドーピングの反動ときたら―――
 そして、タマモのその不安な想像は、現実となりつつあった。

「ハァアァァアアアアッッ!!」
 エミの手から放たれた霊気の奔流が、前方の木々の合間を飛ぶ加奈江の真横を掠める。
 加奈江がまとう魔力によって流れを歪められたそれは、ぐにゃりと下方に折れ曲がって土を吹き飛ばし、その下にある硬い岩盤までもをガリガリと削って霧散した。
「あはははは!当たらないわねえ!それでもプロなの!?」
「くっ・・・・・・!!」
 くるりと身を翻して高く飛び上がり、あからさまにこちらを嘲笑する加奈江の言葉に歯噛みすると、今度こそ当ててやる、と、エミは走りながら前に両手を突き出し、手のひらに霊力を集中した。前方を逃げ回る敵に対して、全方向に霊力を放射する霊体撃滅波を使っていたのでは効率が悪いため、一点に集中放射する方法を取っているのだ。無論、撃滅波より威力は低くなるが、命中精度を考えるとこちらの方法が格段に良い。
 手のひらが内側から青白く光を放つようになるほど―――極限まで霊力を集中して、再び、加奈江に向けてそれを放とうとしたその時―――
「これでも食らえ・・・・・・えっ!?・・・・・・っあ、ぁ、ぁあっ!?」
 手のひらに、何か濡れたものが這っているような―――奇妙な感触を感じて手のひらを見ると、熱くぬめる液体が、エミの手のひらから手首までを覆っていた。
「・・・・・・あ・・・・・・!?」
 夜目でもそうとはっきり分かる赤い液体と、ずたずたに裂けた皮膚を見て、いつ手を傷つけたのかと、一瞬、呆気に取られて足が止まる。その直後、血で濡れた手のひらから肘にかけて、凄まじい激痛が走った。
「っ、くぅっ、うぅっ、・・・・・・な、何っ・・・・・・」
 ぽたぽたと流れてくる血を止めようと、両の手のひらを合わせるようにして押さえつける。加奈江を追って来てからこちら、ずっと走り詰めだったせいで、ガクガクと膝が揺れる両足を叱咤し、どうにか直立姿勢を保とうと踏ん張ると、今度は、膝から下の皮膚が薄く裂けた。毛細血管が破裂したのだ。
「あっ、あっ、あっ、・・・・・・け、ケホッ・・・・・・か、あぁ・・・・・・」
 両手両足を襲う痛みに蹲り、血まみれの両手で胸元を押さえる。
 動悸が異常に激しい。喉が乾く。
 流れ出る血と共に手足が急速に冷えていき、感覚さえ無くしていくように感じられるのに対し、頭と背骨の辺りが恐ろしく熱い。全身の血液と熱が、脳に逆流して来るように思える。喉の渇きと熱さと言ったら、焼け石を飲み込んだかのようだ。
 ―――頭が熱い。熱くて、思考がまとまらない。
 そのくせ、脇の下や膝の裏からは、冷や汗がどんどん流れ出てくる。
 唾を飲み込もうとして、咳き込む。喉が、乾いて痛い。浅く息を吸っただけで、喉の粘膜が引き攣れて痛みを訴える。
 息を詰まらせ、激痛と、軽い酸欠で朦朧としたその時。
 自分の前に何かが立ったのか、砂利を踏みしめる音が聞こえたかと思うと、何かがエミの視界に影を落とした。
 蹲る自分の視界に僅かな光を落としていた月明かりが遮られたのを感じて、顔を上げる。
 顔を上げたエミの、その視線の先には、ニイと口元を笑む形に歪ませた加奈江の顔があった。穏やかに吹き付ける夜風が彼女の長い黒髪を揺らしている。細い髪が何本か、その白い顔に貼り付いて、細く長い亀裂のような線を作り出していたが、加奈江はそんな事など気にもせずに笑って立っていた。
「・・・・・・私の勝ちのようね・・・・・・エミさん」
 クスクスと笑いながら言うその声はあくまで穏やかで物静かだが、ニヤニヤと歪んだ口元と目元が、本当は叫び出したいぐらい嬉しいと、狂喜の程を表している。
 あまりに劇的に起こった体の変調に思考が停止しているのか、そんな加奈江を見上げるエミの顔はまだ呆然とした表情のままで、何も反応していない。
 何も言ってこないエミを、クスクスと笑いながら見つめていた加奈江はやがて、もう我慢できないと言うように、けらけらと笑い出した。
 カパア、と大きく開かれた赤い唇の中―――白い歯の奥で、げらげらと舌が踊っている。その舌の向こうの喉の底から、堰を切ったように溢れてくる加奈江の哄笑を受けて、まだ呆然としているエミの代わりとでも言うかのように、周囲の木々が、怯えたようにその梢を震わせていた。

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