ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(14)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 9/20)

「……んふっんふふ……ふふっふふふっ……はははっはははははは……!!」
布団の上で如何に激しく暴れようとも、天蓋付き寝台は軋み音一つも立てる事も無く、ただ静かに天幕を揺らすだけだった。
最初の内は下を向いたまま微かに全身を震わせていただけのピエッラだったが、もはや我慢の限界だった。海辺の細波の様に押し寄せてくる刺激に対して果敢にも抵抗を試みた『彼女』だったがその健闘も空しく、まるで海の中にでも浮いているかの様に全く手足の筋肉に力が込もらない。次から次へと強弱を伴なって断続的に押し寄せてくる刺激の前に、ピエッラはただただ翻弄されるばかりであった。
「うりうりっ、どーだ!? こう見えても俺はかつて『くすぐり王・タダオ』と呼ばれていたのだっ……ほーれ、ほれほれっ!」
「ははははっ……ははっ、もっ、もおっ……やめってっ……はははははっはは!!」
王の名に恥じない、実に見事な技だった。完全に無防備な目標の脇腹や腋窩に張り付いた悪魔の指先は、それはそれは微妙かつ繊細なタッチで、痒みとも痛みとも付かない奇妙な刺激を断続的に与え続けている。
一旦この手に捕まった目標の体内の血液は、刺激されている脇腹の他に腹筋、内臓などにばかり集中する上に、同時に呼吸困難および過呼吸症も引き起こされる為に、手足の運動やや脳の活動に大幅な支障をきたす。故に第三者が止めに入らない限り、目標はただ為す術も無く低血圧無酸素状態の脳を抱えたまま、快楽とも苦痛ともつかぬ、それはそれは恐ろしい無間地獄を体験するのだ。
元々、転校に転校を重ねていた幼い横島が友達を作るために身に着けた特技の一つであり、その絶品の指使いによる攻めの前に抗う事の出来た者はいない。
しかし、この技にも致命的な欠点がある。先ず目標の脇腹を素早く確保しなくては技が掛からない。たとい上手くいっても、指の運動の激しさ故に疲労の蓄積が大きいので、長時間の使用が出来無いのだ。
もしこんな技が長時間使われでもしたら、互いに死人が出るかもしれない。
「よし、今だおキヌちゃん! 写真、写真!!」
「あ、はい!」
半ば呆然と横島の妙技に見惚れていたキヌだったが、横島の指示を受けて、急いでシャッタァを切ろうと、その身を屈めた。
その勢いに、片膝立ちになったキヌのワンピースの裾が、ふわりと捲れる……。
「おおおっ!」
「いきますよっ!」
「……あっはははは!!」
「ぐひっ!」
ついに弾かれた様にその紅潮した笑い顔を上げたピエッラの後頭部が、自ずと前方へと伸びていた横島の顔の中心部にクリーンヒットした。
「はい、ちーずっ!」
かしゃっ。
そのタイミングを見計らったかの様に一呼吸遅れのシャッタァ音が、広い寝室に響いた。


「まあ、今頃、横島くんとおキヌちゃんは、ピエッラちゃんを交えての撮影会なんじゃないかしらねー?」
「……一体、何が言いたいんですか?」
楽しげな響きのある美神の声に対し、ピートはあくまでも静かに、美神に問うた。
どこかしら世事に疎い処もあると云っても、美神の悪巧みの中身には大方見当が付いているピートではある。しかしこの女性の前で迂闊な発言や態度を露呈するのは賢明な事では無いと、先程から身を持って味わっているので、実に無難な反応である。
美神はピートから視線を外して愉快そうに鼻を鳴らすと、だだっ広い、二人きりの廊下の壁と壁の間を、ゆっくりとしたペイスで往復しだした。
「若き日もとい、幼き日のピートちゃんの写真よぉ。私設ファンクラブの連中には、そりゃもういい値段で売り捌けるでしょうねぇ。」
「うっ。」
ピートが低く、息を詰まらせる。額には薄く霧を吹いた様な細かい汗が浮かんでいる。
「それに、あんなに可愛いんですもの……衣裳はピンクマンモス系だし、これはマニアにはそりゃもう堪えられないわよねぇ。」
ピンクマンモスと云うのは、パステル系のカラァコウディネイトを中心に、ふりふり、ふわふわ、もこもこと云った擬音が聞こえてきそうなお姫様然としたファッションに定評が有る、総合アパレルブランドの一つだ。そのデザインのセンスがどれほど斬新かと云う事をやや抽象的に説明すると、街中でこのブランドの服を着ている人を見かけた殆どの者が、白昼堂々『ピンク色の毛に覆われた大きな象さん』に出逢ったが如く激しいショックを受ける……といった具合である。
……非常に無理矢理っぽくて申し訳無い。
蛇足だが、このブランドの後援者の中に六道冥子の名があったとしても、さほど驚くにはあたるまい。
「そうやって幾らかバラ撒いてれば、その内にあなたの高校で評判になるのは時間の問題よね。そうなったら女子どころか男子だってあなたの事、放っとかないかもよ?」
「ううっ!」
ピートの顔から、全身から色と云う色が、完全に抜けた。
写真に対する、女子からの反応は、ピート本人でなくても容易に想像は付くと思う。
ピートがこのとき思い浮かべたのは、変わったご趣味を持った一部の男性である。

ピートは半年前、あくまでものの例えであるが、体格的にも性格的にもタイガー寅吉の様なタイプの男に口説かれそうになった事がある……ピートが得意とする格闘技関係の部活動の勧誘である。ピートの格闘家としての腕前は勿論、絶大な女子人気に少しでもあやかりたいと云うのがその目的だと、正直に言われた。ピートとしては、一応早朝と放課後は唐巣神父の慎しやかな教会の業務を手伝わなければならないと云う事もあり、そのまま正直に家庭の事情を打ち明けた。しかしそれでも諦めきれないその男はならば腕ずくでもと、ピートに決闘を挑んだのである。
結果の方は言う迄も無い。格闘技の実力や実戦での経験は勿論の事、何よりも基礎的な体力や運動能力が、はなから常人のレヴェルを凌駕しているのだから、まあ当然の結着である。
『絶対に怒らない気障野郎』『大人しそうな優男』の様に見られがちなピートではあるが、一旦頭に血が昇ると周りの一切合切が見えなくなってしまう、いわゆる熱血漢な一面も持ち合わせている。普段の彼は、そんな自分を半ば意識的に律しているのである……間違って無力な『人間』を傷付けてしまうかもしれないから。
だからこの時、ただ一撃の鉄拳を大男の急所にお見舞いした時も、見た処、彼は何処までも冷静沈着そのものであった。
さて、その部活動の勧誘の男であるが、今でも機会ある毎にピートを誘いに訪れる。まあ正式な入部は無理でも、暇が有る時に特別師範として稽古を付けて欲しいとか、試合の時には特別コーチとして指導して貰いたいとか、そういった主旨の物に変わっている。
まあその程度ならば引き受けても構わない、と思っていた筈のピートであったが、無意識の内にその大男から遠ざかろうとする自分に、はたと気が付く。どうやら自分を見るその男の眼差しが、どうも最初に会った時とは違ってきている様な気がする。それがどう違うのかは、各自の想像にお任せするとしよう。
もっとも、もう少しばかり冷静に考えれば、それは彼の自意識過剰である事に気付く事が出来るかもしれない。しかし彼は生憎と『我の弱い青年』を装うのが、少しばかり上手いのに過ぎない……他人に対しても、自分自身に対しても。

それにしても美神令子、特殊な種類の恋愛小説の読み過ぎでは無いだろうか?
横島であったなら当たり前に指摘していたであろうその点に気付くには、今のピートには心の余裕と云う物があまりに無さ過ぎた。
そんなピートとは逆に、余裕に満ち溢れた美神はゆっくりとピートの周囲をねり歩いている。
「でもね、そんな連中よりも、もっと面白いリアクションが確実に返って来そうな娘に観せた方がいいわよねぇ。例えば……何て云ったかしら……」
美神は、まるで買物の途中で夕食の献立でも考えているような調子で、あれこれと知り合いの顔を思い巡らせた。

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