ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(54)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/ 6)

 ―――静かに、目を開く。
 ゆっくりと開いた瞼の合間から見えたのは、スニーカーを履いた自分の足のつま先。
 目を開くに従って、今まで聞こえてこなかった周囲の喧騒も耳に入ってくる。
 今度こそ、本当に感覚は戻ったらしかった。
「横島サン!」
「横島さん、大丈夫ですか!?」
 静かに長い息を吐き、顔を上げた横島に、一番近くにいたキヌとタイガーが心配そうな視線と声を寄越してくる。
 その二人に、にっこりと明るく笑って見せると、横島は視線を少し遠くにやって―――結界を張りながらこちらに視線を向けている、令子や西条の方を見た。
「横島くん・・・・・・」
 さすがの令子も西条も、ルシオラの件に関しては何も言えなくなる。
 古傷を突かれて相当傷ついたのではないか、と、ひたすらにこちらの身を案じている眼差しに、横島はまた笑顔で答えた。
「大丈夫っスよ。・・・・・・ルシオラに、会いましたから」
 加奈江に飲まれかけた自分を、彼女の光が導いて、引き戻してくれた。
 彼女を失った時に感じた痛みを思い出し、目の前の「今」を失う事に怯えて、加奈江の言う『永遠』に納得しかけた自分を、ルシオラが―――
(・・・・・・ごめんな。世話ばっかかけてさ・・・・・・)
 まだまだ情けない、と、自分に苦笑しつつ、ジャケットの上から心臓の辺りを撫でる。
 ―――生きている。
 トクトクと、健やかに脈打つ自分の鼓動を感じて微笑むと、横島は、その自分の生命の中心の、奥の奥。魂の中で静かな微睡みの中にある存在に思いを馳せた。
 ―――生きて、時の流れの向こうに再会を待つ恋人。
「そうだよなあ・・・・・・いつまでも親子じゃ、つまんねーもんな」
『・・・・・・?何を言って・・・・・・』
 ―――ルシオラに会って諭され、自分が本当に求めているものに気づいたからだろうか。
 感覚を取り戻した横島の頭の中に、なおも加奈江の声は響くが、先ほどまでの絡みついてくるような嫌な感触は感じなかった。
「・・・・・・俺の―――俺達の求めているものは、あんたの『永遠』と同じなんかじゃないんだよ」
 グッと、強く拳を握り締めると横島は、眼下に広がる森の中のどこかにいるであろう加奈江に向かって、声を張り上げた。
「俺はルシオラと一緒にいたかった。皆と一緒にいたかった。今の日常を失いたくなかった。―――でも、それは、あんたの言う『永遠』じゃない。俺が求めるのは、変わっていく世界だ!!皆とバカ騒ぎして、風呂場覗いたりヘマやらかしたりして美神さんに引っ叩かれて、学校じゃ出席が足りないとか何とか怒られて・・・・・・そんな風に、毎日変わり映えしない事ばっかだけど、それでも、何かが変わっていってる。俺が永遠にこのまま続いていってほしいと思ったのは、そういうもんなんだ。変わっていくんだよ、ちょっとずつでも!!」
『何を言うの!?そんなの、『永遠』じゃないわ!!私の『永遠』は―――本当の『永遠』は、いつまでも変わらないものよ!!』
 一度は上手く引き込みかけた筈の横島が自分の意図とは違う発言をしたからか、激昂したらしいヒステリックな加奈江の怒声が響く。
 それに対して横島は、実にきっぱりと言い切った。
「そうだよ!!あんたの求めてるもんと、俺の求めてるもんは違うんだ!!」
 言い切った横島の、しっかりと握り締めた拳の内側から、青白い光が放たれる。
「俺は、あんたの言った何も変わらない『永遠』を求めかけた!それは、アイツを失った時の痛みをまた感じる事に怯えてたから!でも―――違うんだ、そんな目の前の痛みにごまかされて、先の事を見失ってただけなんだよ!―――あんただって、そうじゃないのか!?目の前の痛みから逃げたくて、変わらないものを求めてるだけじゃないのかよ!!」
 叫ぶようにそう言うと同時に、横島は、手の内に作り上げていた文珠を炸裂させていた。『逆』の文字を刻まれた文珠が、夜の闇の中で一閃の星となる。
 凝縮された霊気は瞬時に四方へ飛散し、強烈な霊気のうねりとなって、加奈江が横島達の方に逆流させていた精神波を、さらにもう一度加奈江へと逆流させた。

「きゃあああああああ!!」
 森の中。
 魔力で干渉し、横島達へと向けていた精神波をさらに逆流させられたものをまともに食らって、加奈江は強烈な頭痛に悲鳴を上げた。
 横島を上手く引きずり込めると思い、一瞬油断していたせいもあるだろう。
 もともとのタイガーの精神波に加え、ネクロマンサーの笛と横島の文珠の霊波、そしてさらに、それに加奈江自身の魔力が上乗せされた強烈なエネルギーの波を食らったのだ。
 もんどりうって転がりながら、それでも加奈江は首を横に振った。
「・・・・・・違う、私は―――」
「どう違うわけよ!?」
 地面に倒れた加奈江に向けて、霊気の弾を放ちながらエミが怒鳴る。
 その霊気の弾を避けて、再び飛び上がりながら加奈江は言い返した。
「私は彼を―――ピエトロ君を守りたいから!ずっとそばにいてあげたいから、『永遠』が欲しいんだもの!私は、彼のために―――」
「・・・・・・いい加減にしなっ!『永遠』を手に入れたところで、あんたにピートが守れるもんかあああ!!」
 『永遠』はピートのためだと言い募る加奈江に、エミはさらに声を張り上げた。
「そんなもん―――『永遠』を手に入れるぐらいで、ピートが守れるもんか!!そんなんなら、とっくに私はそうしてるわよっ!!」
「エ、エミ!?」
 すっかり逆上した様子で加奈江に飛びかかるエミの、その発言に、そばにいた雪之丞が些か驚いた視線を送る。
 しかし、そんな視線など構わずに、加奈江を追いかけながらエミは叫んだ。
「あの子は―――ピートはもう、七百年生きてるのよ!!『永遠』を手に入れて、時間を停めても、その時間の差が埋まるわけじゃない!!私達は―――あの子には、絶対追いつけない!!あの子が味わってきた孤独も、痛みも、辛い事の何もかも、世界に『永遠』をもたらしたらそれで救われるってもんじゃないわ!!私達に―――たかだか二十年かそこらしか生きてない「小娘」に、すぐに癒せるようなもんだと思うの!?」
 そう叫びながら、霊体撃滅波に匹敵する、強烈な霊波をまとった腕を、加奈江目掛けて振り下ろす。
「ピートは・・・・・・『永遠』を手に入れたぐらいで簡単に癒してやれるような、単純なもんじゃないわよ!!」
 叫びながら、エミは涙を滲ませていた。
 何故涙が出てくるのか、自分でもわからない。
 ただ、後から後から泣けてきて仕方なかった。
 そして、まだ頭の中に残っていた冷静な部分でそのわけを考えて、エミは、さらに涙がこみ上げてくるのを感じた。

 ―――そうだ。救えないのだ。
 加奈江にさっきそう叫んだように、自分にもピートは救えない。
 数百年の孤独を癒す事など、簡単には出来ないのだ。
 『永遠』を求める加奈江に、何故こんなにも腹が立つのか。
 ―――ピートを無理やり攫って閉じ込めるような事をした相手だから?
 それもある。
 しかし、加奈江に腹が立つ本当の理由に今気がついて、エミは愕然とした。
 加奈江は、ピートと出会ったばかりの頃の自分に、少し似ている。
 ピートの憂いを帯びた表情を見て、「年上の女の包容力で、甘えさせて落とす」路線でいこうなどと、浅はかな事を考えていた自分に。
 ピートの経験してきた孤独を、甘く見ていた頃の自分に。
 だから、腹が立つ。
 たとえ自分が吸血鬼になり、彼と同じ時間の流れを手に入れたとしても、ピートの数百年の孤独をすぐに癒す事など出来ない。
 そんな、簡単なものではないのだ。
 『永遠』を共に手に入れる事で癒せるようなものならば、自分はとっくにそうしていただろう。
 だって、自分は―――

(―――そうよ、あたしは―――)
 ―――本気、なのだから。

 ・・・・・・本気だからこそ、ピートの数百年を自分で癒せない事がエミには悔しかった。だから、涙が溢れてくるのだと理解して、エミは、さらに涙を流した。
 流しながら、さらに叫んだ。
「『永遠』なんかであの子は癒せない―――だから、私達に出来るのは―――流れる時間の中を、出来る限り長く一緒に過ごす事だけ―――それだけしか、出来ないんだから・・・・・・!!」

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