ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(52)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 9/ 4)

   彼岸 盆暮れ 曼珠沙華
   此岸恋しと水子が泣いて
   あの方恋しと蛍が焦がれ
   今年も過ぎゆく夏の盆

 スラリと背の高い、スレンダーな肢体。ボブカットにした黒髪。くっきりとした目元。
 目鼻立ちのはっきりとした、綺麗な顔立ちをしていたからだろうか。
 夏の夜、水辺に群れ飛ぶ小さな光―――蛍の化身である彼女は、どこか儚げな雰囲気を漂わせつつも、確固とした強さを持つ、凛々しい雰囲気の少女だった。
 ―――・・・・・・初めて握った彼女の手の感触を、彼は今も覚えている。
 白くなめらかな、繊細な肌。
 魔物だから体温は低いんじゃないかと、何となく抱いていたそんな先入観を裏切るように、その手は暖かく柔らかく、絡めた指は、もう少し力を入れてしまえば折れるのではないかと思うほど細かった。
 ・・・・・・忘れる事なんて、出来ない。
 ―――今、一人、自分の手を握り締めて、横島は俯いたまま心の中でそう呟いた。
『・・・・・・ねえ。彼女―――ルシオラさんだったかしら?・・・・・・あの子、本当に可哀想ね』
 そして、その呟きに割り込むように、横島の頭の中に加奈江の声が響く。
『世界と貴方を救うために犠牲になったんですって?・・・・・・可哀想ねえ。せっかく、幸せになれる筈だったのに』
 可哀想だと繰り返し、ゆっくりとした口調で喋りながらも、加奈江の声はどこかで笑っている。あざ笑って、横島を挑発し、冷静さを失わせようとしている。
 文珠を暴走させて、結界の中全体に響いているキヌのネクロマンサーの笛の音をかき消そうとしているのだ。
『・・・・・・ある週刊誌がね、貴方達の事を、世界を救った悲劇のカップルに仕立て上げて報道しようとしていたの。もちろん、GS協会からストップがかかってお蔵入りになったけど・・・・・・。コンピュータってすごいわね。機械にデータが残ってさえいれば、どうにかして読めるものだわ』
「!あんた、さてはそうやってこっちの事を調べてたのね!?」
 頭の中に響いた加奈江の言葉に、美神が反応して叫ぶ。
 そう言えば、加奈江の職業は確かコンピュータ関連、その筋ではプロだ。
(どうりで私立探偵や私設警備会社の筋から調べてもわからなかった筈だわ・・・・・・)
 GSは、華やかで格好良いように見えて、その実シビアであり、しかも、時には思いも寄らぬ相手から謂れの無い恨みを受ける事があるなかなか因果な職業である。
 そのため、ピートが行方不明になった当初、自分達の職業を考えて、美神達はピートの身辺調査を探偵などに依頼していた者がいないかと、そういった筋を独自に調べたのだが、それに該当するような者はいなかった。加奈江は本当に、彼女一人だけで全ての事を計画し、実行していたのだ。
『そうよ。・・・・・・だからね、横島くん。私は貴方達の事もちゃーんと知ってるの。・・・・・・ルシオラさんって、本当にいい子だったのねえ・・・・・・』
 驚きと共に発された美神の言葉に、くすくすと笑いながら頷いているような気配が返ってくる。
『貴方と結ばれて、そのまま死んでも良いぐらい好かれていたんでしょう?』
 ―――言われなくても、覚えている。
 彼女を止めようとする妹と戦い、可愛らしいパジャマをボロボロにしながら爆炎を背負って彼女は言い切った。
 どうせ私達は一年の命なんだから―――惚れた男と結ばれて死ぬのも悪くはない、と。
 ・・・・・・夜の闇に照り映える真っ赤な炎を背負い、そう言い切った彼女の姿は美しく、勇ましく―――そして、凛々しかった。
 そんな彼女の姿を見て、横島は逃げた。
 ―――逃げたのだと、思う。
 彼女の事を、死なせたくないと言う気持ちはあった。彼女のような強く凛々しい少女が命を賭けるだけの価値など、自分には無いと言う考えもあった。
 ・・・・・・しかし、命を賭けるほどの彼女の激しい思いを、受け止めきれるのかと言う考えもあったと思う。はっきり言ってしまうと、受け止めきれるだけの自信があの時には無かった。だから、ある意味で確かに自分は逃げたのだと思う。
 可愛い子だから、こういうシチュエーションはおいしい―――などと考えていた自分が、情けなくてたまらなかった。
 それから、追いかけられて、気持ちをぷつけられて、自分も気持ちを決めて―――約束をした。
 アシュタロスを倒し、彼女を解放すると―――
 そして、約束は守られた。
 二人で、幸せになれた。
 ・・・・・・幸せになれる、と、思っていた―――

『・・・・・・あの幸せがずっと続けば良い。―――そう、思わなかった?このまま何も変わらずに、ずっと一緒にいたいと思わなかった?彼女を失って、もうこんな思いを感じるのは嫌だって、思わなかった?』
 俯いて、ルシオラの記憶に思いを馳せる横島の脳裏に、囁くような加奈江の声が侵入してくる。
『・・・・・・彼女は願った筈よ。貴方と共にいられる永遠を。そして、貴方も―――』
 煙草の煙を吹きかけられた時のように、加奈江の声はべっとりと脳裏に絡みつき、頭の奥に沈殿していく。それに引きずられるように心の深淵に引きずり込まれそうになっている自分を自覚して、横島は、ハッと気を強く持とうとした。
(違う、俺達は・・・・・・)
『何が違うの?』
 頭に響く加奈江の声に影響されたのか、視界までもが不意に遮断されたように暗くなっていくような気がする。実際、緊張の余りか、それとも本当に加奈江の魔力に影響されたのか、俯いている筈なのに、目線の先に見える筈の自分の足が、横島には見えなかった。
『彼女は一年の寿命しか無かったんでしょう?貴方は願った筈よ。彼女の延命を―――。それは、永遠を求める事と根本的に同じ事じゃないの』
(違う、違う・・・・・・俺達、は・・・・・・)
『何が違うの?ルシオラさんとずっと一緒にいたかったんでしょう?私もそうよ。ピエトロ君と一緒に生きていたい―――ほら、同じでしょう?』
(・・・・・・)
 違うと否定すればする程、言葉巧みに加奈江に引きずられていくような気がして、横島は黙ってしまった。
 美神やキヌが周囲で何か言っているような気もするが、ルシオラの事を出されて異常な緊張状態に引き込まれた横島の耳には最早届いていない。そして、引き込まれるままに感覚を遮断してしまった横島が、加奈江の言葉に乗せられるままになろうとした寸前。

 ―――ヨコシマ!!

(・・・・・・!!)
 自分の体の、心の奥底。
 魂の中から響いた呼び声に覚まされて、横島は力無く閉じようとしていた目を、ハッと見開いた。

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