ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(51)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 8/18)

『・・・・・・私ね。最初は、今ほどピエトロ君の事好きだったわけじゃないのよ』
 青白い満月の光に照らされて、昼間、太陽の下で見せる瑞々しい緑の色を失ったかのように白く見える木々の合間を縫うように、女が飛ぶ。
 後ろから、自分に向けて迫って来る霊気の光弾をかわして飛びながら、唇を動かさずに女は喋った。
『ただ・・・・・・綺麗な子だったから、そして、彼が人外の存在だと聞いたから、興味を持っただけ。今ほど執着していたわけじゃないわ。守りたいなんて思いもしなかった。・・・・・・むしろ、嫉妬してたと思うの』
 ―――ピートの事を初めて知った時、加奈江は、彼に憧れた。
 整った容貌と、その顔に浮かぶ優しい笑みを裏切らない、生真面目なほど誠実な性格。・・・・・・そして、人でないが故に許された、不老の若さと強靭な生命。
 加奈江はピートに憧れた。そして、その羨望と同時に、嫉妬と言う感情も抱いた。
 人は脆く、壊れやすく、その命も心も儚い。
 長く生きたところで、せいぜい百数年もてば良いところ。
 しかも、そのほんの百年ばかりの間に、人は目まぐるしいばかりの変化に晒される。
 幼く頼りない未完成な体が青年期を迎えて完成し、自分の中から溢れ出る若さの、生命の力を満喫できるのも、ほんの僅かの間。じきに皮膚は張りを失い、シミが浮き、腰は曲がって、衰えた関節と筋肉は少しの動きに悲鳴を上げるようになる。
 しかし、彼は―――ピートはどうだ。
 成人の少し手前で時の停まった姿ではあるが、吸血鬼と言う種族の血が、それを補ってなお余りある力を彼に与えている。
 強さも、容姿も、知性も―――そして、性格さえも。
 傍目からは、全てに恵まれたように見えるピートに憧れる反面で、加奈江は、彼に対して暗い嫉妬を抱いていた。
『・・・・・・憧れて、素敵だと思う反面で、私はピエトロ君が妬ましかった。憎かったわ。西洋のキリストの思想に則れば、吸血鬼は悪魔。神に背いた罪人の種族だと言うのに、あの子を御覧なさいよ。まるで、神様に幸せを約束されて生まれてきたようなものだと思ったわ。貴方はそう感じなかった?ピエトロ君に、嫉妬しなかった?』
「・・・・・・ぐだぐだうっせえんだよ!!」
 ひらひらと、こちらを惑わすように飛びながら、頭の中に語り掛けてくる加奈江の声を振り散らすように怒鳴って、雪之丞は加奈江に突進した。
 確かに、ピートに嫉妬した事はある。
 横島達と街に出掛けた時、ナンパの「餌」のつもりでピートも誘ったら、そこに女が集中するなどと言った事は毎度の事であるし、こちらの面白くない気分を察したピートが先に退散すると、途端に女の子の態度が変わったり逃げられたりして、そんな時には、もう嫉妬を通り越してミジメとまで言える気分になる事もある。
 しかし、それは、自分達ぐらいの年の少年なら、当たり前の嫉妬ではないのか?
 力の強さだとか永遠の若さだとか、そんな事にまで突っ込んだ暗い嫉妬を抱いた事は無い。だから、加奈江に同意を求められる事など、ひどく不愉快なだけだった。
「お前みたいな暗い奴と一緒にすんな!!大体、何だよ!嫉妬してたって言うんなら、何でお前はそんなにピートにのめり込むようになったんだ!?」
 まだエミや令子ほどの威力は無いが、加奈江レベルの魔力を持った相手を倒すには、十分過ぎる破壊力の霊気をまとった拳と蹴りを繰り出すが、全部避けられて舌打ちする。
 そんな雪之丞をからかうように笑って飛び上がると、加奈江は、横島達の方に意識を向けた。
『・・・・・・そうね。ねえ、貴方達なら覚えはあるかしら?学期始めにやった身体測定の事、覚えてる?』
「身体・・・・・・測定?」
 不意に、この場の状況からはかけ離れた、日常を思い出させる学校行事の事を出されて、横島とタイガーは顔を見合わせた。
 確かに、各学期の最初には身体測定があって、ピートも参加しているが、何か加奈江がピートに執着するきっかけになったとか、ピートの苦悩だとか言った事と関連があるとは思えない。きょとんとしてしまった二人の思考が、精神波を伝わって届いたのだろうか。
 加奈江の哄笑が頭の中に聞こえた。
『鈍いのね。・・・・・・私は知ってるのよ。見たんだから』
 「見たんだから」と言う加奈江の言葉に、じゃあアンタ、俺達の身体測定覗いてたんかい、と言う、ある意味特殊な怖さが湧き上がってくる。
 そんな二人の全身に、一瞬にして浮き上がった鳥肌の事などお構いなしに、加奈江は話を続けた。
『この前の身体測定の時、身長や体重なんかの比べ合いをしていたでしょう?背がお前よりも伸びたとか、握力が上がったとか・・・・・・そういう話に、ピート君があまり加わってこないの、知ってた?』
「・・・・・・あ」
「そうなのかい?横島君」
 加奈江の言葉を聞いて、合点がいったような声をあげた横島に、西条が尋ねる。
「言われてみれば・・・・・・身体測定なんて、体育館の中で全学年一斉にやってますから、同じクラスでもバラバラになるんでよくわかんないっスけど」
「・・・・・・そう言われれば、そうですノー」
 タイガーも頷くが、言われてみればそうかな、と言う程度のものだ。
 見た目ではかなり目立つピートだが、普段、クラスやグループの輪の中心になって話をするタイプではない。意見があればしっかり言うが、いつもは傍で黙って聞いている事が多い。輪の中心にいると言う意味でなら、横島の方が余程目立っている。
 しかし、ピートが編入してきてからもう何度か身体測定をしているが、確かに、普段よりも口数が少ないような・・・・・・
『わからない?―――よく考えて御覧なさいな。彼は苦しんでいるのよ。だって彼は―――貴方達と違って、変わらないんですもの』
「!」
 そう言った加奈江の言葉に、横島達よりも早く美神がその言わんとした事を察して顔を上げた。
『貴方達が何センチ伸びたとか、体重が増えたとか言っている横で、ピエトロ君はいつも黙ってる・・・・・・。だって、彼は変わらないんですもの。彼は十七歳だから・・・・・・もうすぐ、貴方達に身長も体重も追い越されちゃうかもね。貴方達にも、「また」彼は追い越されるのよ。彼は苦しんでる。私、見たのよ。身体測定の日の放課後、ピエトロ君は校舎の裏にいたわ』
 ピートは、校舎の裏にいた。
 裏にいて、ただじっと壁を見つめ―――そして、不意に壁に爪を立て、ガリ、と壁を引っ掻いた。人ならぬ強靭な爪にコンクリートの壁さえも負け、そこには細い四本の爪跡が残る。
 いつも柔らかな笑みを浮かべているピートの顔には、何も浮かんでいなかった。夕日を背にして立っていたので、影になって分からなかったと言った方が良いも知れない。ただ、大きく見開かれた瞳だけが、何も映さないまま照り返しを受けて真っ赤に光っていた。
『・・・・・・それを見て気づいたの。ピエトロ君は苦しんでるのよ。自分だけ永遠を持たされて、その重さを一人で抱えて苦しんでる。だから、全てに彼の永遠を分けるの。そうすれば彼も苦しまなくて良いし、貴方達だって長生きしたいでしょう?ねえ、そう思わない?横島君。貴方だって、考えた事はない?・・・・・・あの、魔物の女の子を好きになった時だとか・・・・・・』
「!」
 一体、この女は、何をどこまで知っているのか―――
 ビクリ、と肩を震わせて硬直した横島に、美神達の視線が一斉に集まった。

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